記憶の底から
ピアノをさわっていると、小学生のときの記憶が突然よみがえる。
40年以上、一度も思い出すことのなかった記憶。自分でも憶えているとは思わなかった過去のある瞬間。
どこかにずっと眠り続けていた記憶が、ピアノの音(あるいは指の動き、和音の流れ?)で目覚め、不意に再生される光景。
たいした記憶じゃない。
たとえばピアノ教室(というか先生の家、先生の部屋)の窓に揺れるカーテン。
道すがら見たアオキの葉の照り。夏の木々がおりなす木陰の涼しさ。
ピアノを弾いていたそのときの気分。豆腐屋さんの笛。
先生の困った様子。次のおさらい曲を弾いてくれたときの横顔。
乾いた土の上のアリの行列。
前触れもなくだ~~~~~~~っとよみがえってきて、私は圧倒されてしまう。
くっそ暑い物置で汗をだらだら流しながら、デジタルピアノの前で、涙が止まらない。
とるにたらない情景。ひとさまに言うほどのものでもない。
だけど、私の中で眠っていたんだ。ずっと、ずっと。
ありがとう。
誰に対してでも、何かに対してでもないけれど、ありがとう、としか言いようがない気がする。
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こどものころの、ほんの瞬間を、人はこんなに憶えている。
相手がこどもだからと侮ってはいけない、と強く思う。
私は仕事で、こどもにかかわることがある。
大人でも子どもでも、人とかかわるときは、しっかりかかわらなくてはいけないな、と再認識。