あなたさまにおつかえすることこそがわたくしのよろこびでございます(?)
音楽の女神さん。とてつもない魅力で人をとりこにするんだが・・・
だいたい、ドクソシロートふぜー(あら、すごいお言葉w)←自分のことよ♪
の分際でうっつくし~音楽を前にして「あれ、弾きたぁ~い」だとかマジ?
いえ、どう考えてもなにかその、イカレテル(さすがにあの文字をあてるのは気が引け)としか思えないデスよ?
そゆことはね、キッビシ~~修行を積み重ねた選ばれたヒトだけに許されることなの!(だれが選ぶのか、何に許されるのか)
あんたみたいなちんちくり~んのおばちゃん(自分のことです)が、
「いや~ん、すてきすぎるぅ~♪ あたしも弾いてみたいわ~」って、おとといきやがれ!(音と行きやがれって変換されたよ)
音楽の神様(女神ではないかもしれん)は、もしかしたら悪魔なのではないか。
わたしが、ピアノなんぞ弾こうとさえ思わなければ、その分の時間を
たとえば「そうじ」とか「縫い物」とかなにかもっと「確実」な何かに向かうだろうと思うのだが(ピアノ演奏以上にむなしいことにむかうかもだが)
今、だいたい平均して一日2時間くらいはピアノ(デジタルだ)に向かっている。
今年春に引越しをして、現在勤務先は1.1kmという近さにあり、それまで片道1時間以上かけて通っていた、その通勤時間往復分がそっくりピアノタイムになった計算だ。
負担感なくピアノにむかっていられるというラッキ~♪
(通勤タイム≒読書タイムだったので、本を読む絶対量が減ったが)
一日二時間。結構な時間だが、あっという間である。
これだけの時間を日々女神さんに捧げて、わたしが得られるのはなんだろうな~とか思うと、まともな演奏は生涯を通しておそらく数回あるかないか(ないかも!)だし、後は延々とただただ延々と「れんしう」と称しておんがくだかなんだかさっぱりわけのわからない音のなかにいることになる。。。「何がなんだかわからない音」は通常「騒音」というのがふさわしいわけで。
それだけ日々「騒音を聞かされる」って何かの罰ゲーム?。
「ピアノを弾く喜び」とかいって、実際には「騒音発生ゲーム(自分のことよ)」を延々とさせられる。女神さんに囚われて幻想を抱いている哀れな(ぶは、フイタ)おばちゃん。
音楽の神様って「いつかちゃんと弾けるかも~♪」という儚い幻想と、瞬間的に垣間見たような気がするウツクシイまぼろし(単なる幻想だな)を餌にして、多くの人々を虜にしている女神さんの姿をした実は悪魔なのではないのか。
その時間をもっと「人生に有効な」ことに費やしたほうがいいような気がする。
すくなくとも「堅実」な考えであればそう思う。音楽はたまに選りすぐりの演奏を聴くのがよろしかろう。
しかしそうさせないように(?)、悪魔は信じられないくらい美しい幻想を見せてくれる、まるでそこに神の国あるいは天国とよばれるものがあるかのような。
そんな「うつくし~い幻想」を気紛れに見せてくれる女神さん(?)に騙されて(?)今日も自分の大切な時間をお捧げしてしまうんです。
あ~あ(笑)
実際、ピアノ弾きたくて、仕事も家事も効率アップしてるんだが(笑)時々自分が「騒音の牢獄」に嬉々として飛び込む「囚人」みたいな気がするのデス。
「女神さんの奴隷」だよね~。
というわけで、タイトル「あなたさまにおつかえすることこそがわたくしのよろこびでございます」せめてもの反抗心(何か意味あるの?)で棒読みしてみる。
しかしそれでいうと、「選ばれた人」も、やっぱり女神さんの奴隷なのかも・・・!
って、変な妄想がとまらない朝です。失礼しました。